たまご

あちこちで「湖」の柳誌が届いたというのに、
家には届いていないので、
もしかして忘れられたかとメールしました。
賞品の中に入れたから、明日15日に届くよとお返事。
 
15日はどこへもお出かけせずに待っていました。
お昼頃、クロネコさんから大きなぺちゃんこな箱が届きました。
立派な桜の皮の樺細工の色紙掛けが入っていました。
でも、中には柳誌が入っていません。
 
  Photo_2
 
                                            届いた色紙掛け
 
Photo_3
 
桜の絵が見事なんでそのままにしようと思ったけれど、
せっかくだからと前におかじょうき用に書いた色紙をかけてみた。
やっぱり色紙掛けに負けている気がする。
毛筆をちょっとしっかり練習しなきゃ。
 
 
お昼を食べてからまたメールしようと思っていると、
猪一郎さんから電話があった。
賞品は届きましたけれど、柳誌は入ってなかったと言うと、
いやいや、荷物は二つ送ってもう一つの方に、
柳誌は入っているとおっしゃる。
 
それで、クロネコさんから連絡があって、
その荷物の底が濡れているらしい。
どうするかと聞かれたので宛先に送れと言ったので、
着いたらどんな状態になっているかの、
連絡が欲しいと言われる。
わかりましたと言ったのはいいけれど、
待てど暮らせどクロネコさんは来ない。
 
そろそろ夕食の支度をと思っていたら、
ピンポンと鳴る。
クロネコさんが濡れているので、
どうなっているか確認をしたいので、
今ここで開けてくださいと言われる。
あっちもこっちも確認がいるのね。
開ける。
 
まず目についたお米の袋を取り出す。
底についていた部分が濡れて剥がれていた。
二重袋だったので、なんとか二枚目の紙があったので、
湿っているけど大丈夫みたい。
 
そして、たまごの箱を持ち上げると、
底はぬるぬると濡れていました。
クロネコさんがわかりましたと言った後、
こんなぬるぬるではとキッチンにと、
持って走りかけた途端、底が抜けた(><)
しばらくはぼっとしていました。
たまごはタンパク質だから雑巾で、
拭いても拭いても(><)
 
そうだ猪一郎さんに電話しなきゃと・・・
いま荷物届きました。
たまごが割れていましたと報告。
お米は?と言われたので大丈夫と報告。
瓶は?と聞かれたので、大丈夫と報告。
 
もしかして瓶が割れたのかと、一番心配してたと言われる。
あれが割れたのなら、全部だめになるもんねと・・・
ところでたまご何個割れてた?と聞かれる。
何個割れていたのかわかりませんと答える。
えっなんで??
たまごは確かに二個以上割れていたくらい濡れていたけれど、
何個と言われるとわからない。
持ち上げて走ろうとしたときに底が抜けて、
全部割れたからと、正直に申し上げる。
全部割れたのはわたしのせい?・・・だもんね。
まあそうだと笑いながら、あのたまごは、
たまごかけご飯にしたらとってもおいしいたまごなんだよ。
自慢のたまごなんだよって。
 
で、割れたたまごは3パックあったので、
一つは私とこで、割れていてもいいと言うので、
いつもの野菜を配っている人たちに、
1パックずつ配りました。
穴が開いているのに、たいへん喜ばれました。
 
山芋が取れたので、その日はお好み焼きにしました。
たまごはよっつ消費。
朝のベーコンエッグでふたつ消費。
さきほど、たまごボーロを作りました。
久しぶりにさくさくとおいしかった。
置いておいたら、ときどきつまんでいるみたい(^^
 
 
「湖」の第五回ふるさと川柳誌上大会
  題「荒」415名参加 465口 930句
  12人の共選。
その中で15点ももらって最優秀句になった。
(信じられないけれど)
 
・いっぽんの荒縄きっとあなたでしょう
 
・でも聞いて荒地野菊の言い分も
  (この句も3点もいただいてなんかうれしい。)
 
川柳「湖」賛助会員作品
これに出す10句がいつも辛いのよね。
でも花桃を植栽する運動に参加しなきゃと、
手伝えないけれど、応援はしたいと・・・
 
「旗立てて」
 
・走っているのか転がっているのか
・ここからは一気に滝になりますよ
・空のように深い息する人である
・あなただってキャベツになればわかります
・三段論法に囲まれてしまう
・お話は終わりましたと線を引く
・コーヒーはブラックみんないなくなる
・走り書き小さな旗を立てました
・友達になれないけれど鳥といる
・さよならのあとのゆらりを考える
 
柳誌には「友達になればいいけど鳥といる」に
なっていますが、「ば」じゃなくて「な」が正しい。
一字違いでもすごい違うなって思った。
 
猪一郎さんはやさしくて、またたまごを送ってくださるそうです。
ありがたいことです。
ありがとうを言いたくて書きました。
 
 

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ぽぽぽぽと歩いてきました

最初の日は主人に付き合って一日中
仙台市内を案内してくれたし、
次の日に気仙沼まで往復してくれたし、
もう、十分だと義弟に言って、
最後の日は二人で観光することにしました。
いろいろ考えた末、ほんとうは蔵王まで,
行こうかと思ったんだけれど、
いちおう、レンタカー会社まで行って話を聞いた。
だけど、今日は帰る日だし飛行機の時間もあるし、
結局、作並温泉方面へ行くことになりました。
作並温泉へは行かなかった。
途中の、鳳鳴四十八滝とニッカウヰスキー工場へ。
 
フロントで聞いたら、バスで行くのがいいと言うので、
荷物を預けて、西口プールからバスに乗る。
あまり調べていなかったので、
(三日間義弟に世話になるつもりだった)
バスの時間とかみんなフロントに調べてもらった。
何しか一時間に一本しかないので、
それに作並街道は混むので、最終15時のバスに、
乗らなきゃ飛行機には間に合わないかもしれないと、
念を押されました。
一番前に座ってバス停留所を確認していたら、
鳳鳴四十八滝があったので、先に降りて見に行こうと、
いうことになりました。
早速ストップボタンを押して、降りようとしたら、
運転手さんが「滝を見に行くのですか」と、
聞くので「そうです」と答えると、
「滝は一瞬だけです。見たら終わりです。
このバスを降りたら、一時間待たなきゃ、
次のバスは来ません」と言われる。
げっと思ったが、主人は「いや大丈夫、ニッカまで歩きます」
なんて言っている。せっかく親切に教えてくださったのに・・・
主人は天邪鬼だから、行かない方がいいなんて
言われたら絶対行く人なんだもの(><
本当に一瞬でした。
 
                              1b_2                  
                                        これが一瞬の滝です 
 
ここからニッカ橋まで歩くことになりました。
でもその歩いている横をずっと新川が流れていて、
この川がとても素敵で、一瞬でも降りてよかったみたいな感じになりました。
途中にはミゾソバが咲いているところがあったし、
赤目四十八滝には負けるけれど、うっそうと樹が茂っているので、
ちょっと歩道からは見にくいけれど、滝の音は確かにしていました。
 
11b_3
 
きれいな水です。さすがマッサンがここを選んだ理由がわかる。
 
13b    
                 国道のそばにあるとは思えない。
 
 
19b
 
もう少し木々の手入れをして遊歩道などあれば、
もっとたくさんの観光客が来ると思う。
 
6b
 
               四十八滝があったかどうかわからないけど、
                 小さな滝はちょこちょこありました。
 
1b_5
 
30分ほど歩いたらニッカウヰスキー工場の看板が見えてきました。
ここからもう少し歩いてニッカ橋を渡る。
このニッカ橋が降りるはずだったバス停。
 
ここからまた広い広い工場内を歩いて、
やっと蒸留所見学の受付に着いたのが11時30分。
バスを降りたのが10時30分頃だったので1時間くらい歩いたか。
午前中はこの時間でおしまいです。
ぎりぎり間に合ってよかった。
 
B1_2 
             この山が歩いている間ずっと見えていた。
          おもしろい形だなって思っていたけれど、途中に看板があって、
            鎌倉山(520m)で通称ゴリラ山というらしい。
 
B_2
 
こんな風に見えるかな?でも形はおもしろいと
わたしも思ったんだから、ここに住んでいた人たちも、
そう思って、きっとこんな名前をつけたのだろう。
わたしはゴリラとは思わなかったけれど・・・
 
 
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                                ニッカウヰスキー 宮城峡蒸留所 仙台工場
 
              ニッカ橋を渡ったところにあるニッカウヰスキー
                ここからまた長い道がはじまる。
             だいたい歩いてくる人なんていないのじゃないかな。
 
知らなかったんだけれど、ここでランチ食べようと思っていたら、
全然そういう施設はなくてびっくりしたことでした。
作並温泉からホテルの車で送ってもらっている人が多い。
車で来た人も、入口でドライバーという名札をつけられていた。
 
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北海道余市に次ぐ第二の蒸留所として作られました。
 
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             道幅が広いんです。幅が広いところが歩行者の道で、
               建物の横の細い道が車の通るところ。
               なんかおかしくてつい細い道の方を歩いてしまう。
 
 
11b_4
 
二回蒸留することでフレッシュで果実のような香りになるらしい。
まっさんの実家は酒造会社なので、
日本酒と同じように、しめ縄をポットスチルにも
 
 
18b
 
                ちょっとヨーロッパの街並みみたいです
                  赤レンガが緑によく映えています。
 
23b
 
池もあってまるで自然公園のように散策できる。
 
21b
 
              池には白鳥がいました。もちろん鴨もいました。
 
24b
 
  やはりポットスチルがシンボルですね。
できるだけ、自然のままにということで、
そこに生えている木とかはできるだけ切らないで、
そのままの状態で敷地内を整備したらしい。
 
29b
 
                原酒は樽につめて貯蔵庫で長期間熟成。
                いったい何本あるのかというくらいの樽の数。
              まったく同じ色とか味とかはないらしいです。
 
27b
         敷地内の地図
     本当に広大な蒸留所でした。
  できれば軽食でもあればもっとよかった。
       ゆっくりできるもの。
 
そして最後にスライドを見て、
試飲の会場へと行きます。
試飲と言われてもね。
ウイスキーは強すぎるし・・・
アップルワインを少し炭酸で割って、
教えてもらった通り氷を三個入れて飲みました。
主人はスーパーニッカを、ひとり3種類飲めるのですが、
わたしはこのアップルワインだけ飲んでいました。
ちょうどバッグにアーモンドチョコを持っていたので、
それをおつまみにして(^^
ドライバーの名札をつけている人にはソフトドリンク。
 
帰りにニッカのウイスキーとブランデーの入ったチョコを買いました。
ニッカのひげのおじさんのパッケージのチョコ。
ウイスキーボンボンじゃなくて、
チョコにウイスキーかブランデーが練りこんであります。
口の中にぱぁっと華やかな香りが広がります。
 
さてどうしようかと迷ったけれど、
作並温泉へ行って食事してもいいけれど、
またバスの時間がどうなるかわからないので、
このまま仙台に帰ることにしました。
あと10分ほどでバスも来るようだし・・・
もうちょっとここでゆっくりと散策していたかったなぁ。
 
 
バスは順調に走り、1時間ちょっとで仙台駅に着きました。
もう15時前になったけれど、ランチしました。
もうランチとは言えない時間ですけれど・・・
せっかくの仙台だからとちょっと贅沢して、
お昼から回らないお寿司をいただきました。
ついでにあん肝のポン酢などもいただきました。
 
今日は疲れたからもう食事終われば、
空港へ行こうかということになり、
ちょっと早いけれど、ホテルへ荷物を取りに行き、
駅で笹かまぼことくるみゆべし、白松が最中を
仙台のお土産として買いました。
 
仙台駅16:51発仙台空港17:20くらいかな。
だいぶ早めに着いたけれど、荷物を預けるために、
たくさんの人が並んでいるし、ちょうどよかったかもしれない。
 
空港でちいさな牛タン弁当を買って夕飯にしました。
帰りの飛行機は揺れに揺れて大丈夫かと思ったけれど、
乱気流に入っただけで、心配はないとアナウンスされたので、
なんとなくホッとしました。
行きは富士山が見えたけれど、
帰りは仙台と大阪の夜景を楽しみました。
 
たくさんの人と再会できて楽しい旅でした。

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遠い遠いところ

朝、8時30分にホテル前で義弟と待ち合わせ。
これから気仙沼まで送ってもらいます。
はじめは電車で行こうといろいろ調べていたのだけれど、
今では一関までは新幹線も通っているし、
大丈夫かなって思ったんだけれど、
そのあと気仙沼までが遠い・・・
で、高速バスに乗るか、もうレンタカーにしようかなんて、
考えていたところ、義弟がわたしにお任せください。
なんていうものだから、あんなに遠いところまで、
いいのかと思いながらお願いすることにする。
ほんとは二人でひっそりとお墓参りだけするつもりだった。
でも送られてきた秋刀魚のお礼の電話のついでに、
主人がちょっと喋ったらしく、
あっという間に広がり、
気仙沼だけではなしに、東京からも、
埼玉からもみんな集まることになってしまった。
 
このブログもどうしようかと迷ったんだけれど、
途中に寄った岩井崎の龍の松を、
載せたくて久しぶりに書いてみた。
それが久しぶりだからか、
何回も何回も、このサイトは応答していませんと、
だいぶ書いたのに途中で、フリーズして消えてしまった。
今もたびたび、バックアップしながら書いているけれど、
いつフリーズするかわからない状態。
一分も経たないうちにフリーズすることもあるし、
十分くらいなにもなくてサクサクと書いていたら、
突然、応答していませんとフリーズ。
心が折れたので今日はもう書かない。
 
 
 
朝8:30出発で待ち合わせの気仙沼のホテルに着いたのが、
お昼12時を回っていました。
朱夏さんが気仙沼行きたくて調べたけれど、
あきらめたという意味がよくわかるでしょう。
これでもちょっとはましになっている。
 
1b_4
 
                      気仙沼 大谷駅
               ここは駅舎ごと波にさらわれました。
                欠けているけれどホームが残っているだけ
                          駅舎跡がいま海産物の販売所になっています。
                  カツオ一本百円でした(@@
 
そして一番心に染みた岩井崎。
ここは昔、国定公園だったらしいですが、
いまは復興国立公園となっています。
彼らがよく遊んだ場所らしいのです。
 
8b
ガボッとえぐられています。
松林だったところとしか言えません。
11b_2
 
                 岩井崎復興国立公園と書かれている。
 
若松も植えられているのですが、
まだまだですね。
 
そして見えないけれど、この歩いている道の
こちら側にはずっと防護壁が続いています。
職人さんが一人黙々と仕事してはりました。
 
20b
 
                   龍の松
龍の松を見たときの驚きは言葉にできません。
偶然にというか自然の力には驚きました。
だあれも手を加えないのに・・・
ちゃんと龍の眼もあるしひげもあるし。
説明版に書いてあった文章を載せます。
 
「平成23年3月11日午後2時46分に発生した東日本震災では、
ここ階上地区も高さ17mあまりの津波に襲われ多くの方が犠牲となりました。
岩井崎の松の木も多くが倒され波にさらわれましたが、
波が引いた後、岬先端部に一本の松が残され、その姿はまるで、
海に向かい津波に立ち向かう龍のようであったことから、
いつしか龍の松と呼ばれるようになりました。
大震災から時がたち「龍の松」は、海水による痛みが激しく、
枯死状態になりましたが、地域の方々や岩井崎を訪れる方々の、
多くの声と熱意を受け、本市では「龍の松」を被災から立ち上がる、
気仙沼市民の復興への希望の象徴とし、また大震災の記憶を
後世に伝え、鎮魂の思いを胸に未来へ進む気仙沼市民の強い意志を
表すため長く保存することにしました。」
 
              14b
 
                    秀の山雷五郎の銅像
                  江戸時代に活躍した郷土の横綱
                112勝21敗で6回の優勝を飾ったらしい
                海に向かって立っているこの像は
                   あの大きな津波にも負けず残りました。
 
 
お寺は高台にあるので被害はなかった。
ただ、いつ見てもとても立派なお墓で、
ここにいる人たちみんなが
入れそうなんだけれど、
もうこのお墓を継ぐ人はいないんだなと・・・
なんかしみじみ思ってしまいました。
 
 
実家のあとはもう何にもなかったけれど、
角のお酒屋さんが昔のままそこにあったので、
ちょっと寄ると言うので覗いてみました。
主人の父が中学校の先生をしていたので、
この辺の人たちはみんな教えてもらっていたみたいで、
その酒屋さんも先生の息子さん?なんて言われて、
わざわざその家のお父さんまで、出てきてえらいことになりました。
なぜ酒屋さんに寄るかと思ったら、
主人が高校生の時に描いた絵を、
地元の酒造会社の社長さんが購入してくださったそうな。
それで今頃になってはじめてその酒造メーカーの
お酒を買おうと思ったらしい。
男山(なんか聞いたことのありそうな名前)
 
お土産にと「ふのり」を三つも下さいました(@@
その前にふかひれスープなど山ほどもらっているのに、
大きな盾もあるのに、二本も日本酒を買ったら、
どうして持って帰るのだろうと思ってしまう。
 
久しぶりにふるさとだったという階上(はしかみ)の
あちこちを歩きながら、思い出しながら、声かけられながら、
気仙沼、階上を後にしました。
そしてまた同じ道を通って仙台まで帰ります。
でも、子供のころの話をしながら、
楽しそうにしていました。
 
 
 

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秋の日の光の中で

10月の初めから旅行に行っていたからか、
ふと気がつけばもう10月も一週間経っている。
 
東北大会に参加してきました。
決めたのが遅かったので前日の飛行機が取れなくて、
当日の飛行機になったのでちょっと心配しましたが、
いいお天気で、飛行機も遅れもなくてちゃんと飛んでくれて、
無事、会場へ着くことができました。
 
70周年ということでたくさんの参加者でした。
270人超えていたかな。
事前投句はもう締め切りまで時間がなかったので、
あたふたと投句し、宿題は全部で9題あって、
ほんと大変でした。
みんなどうしているんだと言いながら、
何とか数だけは揃えての参加です。
次の日はお墓参りに気仙沼まで行きます。
ここはまた仙台からは遠いです。
 
 
大会ではたくさんの人と再会しました。
 
 
まさかって思った人
新家完司さん、浅利猪一郎さん、悦子さん
荻原鹿声さん、木本朱夏さん、平井美智子さん、
こはらとしこさん、石田一郎さん、徳田ひろ子さん
相田みちるさん、哲也さん まみどりちゃん
 
 
宮城の人たち
あずささん、よったま、月波与生さん
勝又明城さん、中條節子さん、鎌田京子さん、
須田隆行さん、あきたじゅんさん、
 
 
石田一郎さんに句集にサインしてくださいと、
筆ペンを出された時は、どうしようかと思った。
今買ってきたと言われたらNOと言えないでしょう。
やはり少しは毛筆を練習しよう。と思う。
 
1b_2
 
 
                     大会のお弁当 
                   紅白饅頭もついていました。
 
こういう大会ではだいたい全没なんですが、
今回は5句抜けました。
 
 
・九条に百万本のバラあげる
・新聞はライオンらしくいてほしい
・ひとつ捨てどんどん捨ててしまう秋
・とうさんはときどき晴れて無鉄砲
・さりげなく満月もって来てくれる
 
 
懇親会のアークホテルまで歩いていこうと思っていたのだけど、
大きな盾をいただいたので、これをもってはよう歩けないと、
タクシー乗り場へ。
ちょうど朱夏さんがいて一緒に乗ろうと言うことになりました。
 
 
懇親会では隣の席だった新家完司さんとおしゃべりしていると、
朱夏さんが静さんは割と喋れるんだねと言われてしまいました。
たぶんきっと新家さんがお話上手なんでしょう。
 
 
浅利猪一郎さんと荒縄の話ですこし盛り上がりました。
まあ人それぞれ。いろんな考えがあっていいのだから(^^
 
 
鎌田京子さんとも中條節子さんとも久しぶりにお話ができました。
とても楽しかったです。
 
 
新潟で会った時もお話はしているのですが、
尾藤一泉(今は尾藤川柳)さんとも
割と長くお話しできました。
いろいろ川柳のこと教えていただきました。
佐藤岳俊さんがわたしのこと知ってはるとは思わなかった。
こういうところに行くと不思議なことに出会います。
 
 
懇親会が終わって、ここからはどうしたら仙台駅に行けるんだと、
フロントに聞いたらちょっと歩くけれど地下鉄があるらしい。
教えられた方へ歩こうと思っていたら、ちょうど京子さんたちが、
ホテルから出てきたので一緒に歩く。
地下鉄より今ならバスがいいと言われて、ちょうど来たバスに乗る。
仙台駅に着いたんだけれど、仙台駅のどこにいるのかも、
ちょっとわからないので、もうホテルにいるかどうかわからなかったけれど、
主人に電話する。今、帰ったとこというので、迎えに来てもらう。
ホテルの近くまで来ていたことは来ていたんだ
ただ反対の方に駅の方に歩いていただけだった。
夜は本当に昼間と全然違ってわからない。
まあ会場に直行したから、明るい時もホテルの場所なんて見てないけれど・・・

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文化の日は晴れますね

連休前の二日の日に京都へ行ってきました。

今回は東山エリア。

地下鉄蹴上駅から歩いて南禅寺、永観堂、

哲学の道を歩き、法然寺そして銀閣寺と行ってきました。

もう帰りは銀閣寺から京都駅まで洛バスで、

40分ほどかかって戻ってきました。

金閣寺の時に歩き疲れたので、

今回は控えめにしました。

それでも13,000歩。

南禅寺はあの大泥棒石川五右衛門が楼上から、

眺めて「絶景かな、絶景かな」と感嘆する

三門の楼上にも登ってきました。

高さ22mかな?同じように眺めて来ました。

階段が割と高くて急でした。

天井も低いしね。

降りるとき、頭上注意と書いてあったのに、

一つ目はちゃんと頭を下げていたのに、

続いての二回目にゴツンと頭打ってしまいました。

 

 

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                        南禅寺三門

                やはり歌舞伎の影響は大きいのか

                 だいたいみんな楼上へ上がります。

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       三門の楼上から

          4_500x375             

                     三門の楼上から 法堂

 

 

そして久しぶりの南禅寺の水路閣。

ローマの水道橋を参考にして作られたという、

レンガ造りの水道橋。

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  アーチがレトロな雰囲気でいいですね。

この水道橋の上にも上がってみました。

道はよくなかったですが・・・

5_500x375            

                  琵琶湖疏水が流れています。

              流れていますって言ってもまあこんなもんです。

             琵琶湖疏水沿いにインクラインまで行けるらしい。

 

 

 

そして永観堂へ。

まだ紅葉には早かった。

ここもたくさんの観光客が・・・

ほんといろんな言葉が飛び交っていて・・・

日本人より多かった気がする。

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          永観堂

        2_500x375_3                    

                          永観堂

                     ちょっとは紅くなっている。

                 永観堂はなんてったって紅葉でしょう。

                   秋のライトアップもあるくらいだし・・・

 

 

そしてランチの後は哲学の道へと急ぎました。

ランチは湯葉そばっていうのをいただきました。

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哲学の道は若王子神社のところから銀閣寺まで。

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                       哲学の道

                 疏水の分流に沿って道は続きます。

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  こんな感じで疏水沿いに続きます 。

哲学者の西田幾多郎さんが散策した道。

京大も近くにあるしね。

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                   なかなかの道でしょう。

             私は散策っていうより散歩って感じだったけれど・・・

 

30分ほど歩いて法然院。

すこし哲学の道を外れて急な坂を上っていきます。

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木々でうっそうとしているところに法然院はありました。

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               三門をくぐると二つの盛り砂見えます。

              この白砂壇の間を通ることで心身を清めるらしい。

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この法然院は苔の緑が本当に美しい。

 

 

そして銀閣寺。

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               総門をくぐると背の高い銀閣寺垣が続いています。

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  そして中門をくぐるとすぐに向月台。

月待山に上る月を観賞するために作られたらしい。

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                     銀沙灘(ぎんしゃだん)

                  向こうに見えているのが向月台。

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          観音殿(銀閣)

二層の楼閣で下層の心空殿は書院風。

上層の潮音閣は仏堂風。

ちょうど窓の補修工事をしていて落下防止柵がありました。

 

 

月待山の中腹にある展望台まで登って、

そこから銀閣寺を写そうと思ってたのに、

電池が切れてしまった。

予備も持って行ったのだけれどなぜか、

これも電池切れと・・・

いつも電池はすぐに充電しているはずなのに・・・

狐につままれたみたいです。

それでせっかくの銀閣寺なのに

銀閣のちゃんとした写真がありません。

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                  池泉回遊式の美しい庭園だったのに

                   これもあまり写真がありません 。

 

 

 

今回は銀閣寺でお抹茶をいただく時間がありました。

お天気もよくてとても気持ちよく歩けた一日でした。

 

 

 

え~っと本当に本当に突然なんですが、

しばらくこのブログはお休みします。

いろいろ他のことで忙しくなってまいりまして、

パソコンと遊んでいられなくなりました。

またいつか再開できたらいいと思いますが・・・

なかなか難しいかもしれません。

長いこと本当にありがとうございました。

 

 

 

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木枯らし一号

やっと秋らしくなったと思ったら、

きょうは木枯らし一号が吹いた。

いっぺんに寒くなりました。

土曜日なのになぜ日本シリーズは、

お昼のゲームにしなかったのだろう。

夜は寒いと思うよ。

選手も寒いだろうけど、動いているからいいけど・・・

外野席は踊ったりしてはるからまあいいとして、

(それでも寒いと思うけど)

内野席に座っている人なんて、凍えていそうな気がする。

 

吊るした柿もなんだか寒そうだもの。

寒い方がおいしくなるのだろうけれどね。

 

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                 物干し竿に吊るしているんだけれど

                    もうベランダの床に着くくらい。

 

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 だんだんしわしわになって小さくなると、

   間隔がもっと開くと思うけど・・・

 

小菊が咲き始めました。

小菊が咲くと茶色っぽかった、

畑の色がカラフルになります。

薄紫とか赤紫とか黄色とか白。

それでも秋の花は黄色でもさみしい色になる。

空のせい?こころのせい?

 

・心配しないで鳥には鳥の影 静

 

 

 

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指染めながら・・・

暑かったり寒かったりで、

ほんとようわからない今日この頃。

気象庁も大変ですね。

昨日なんて狐の嫁入りっていうのか、

もっとすごかったけれど・・・

青空なのに大粒の雨が降った。

誰も傘なんて持ってない。

 

いまむかごがいっぱい取れます。

むかごより下の山芋の方が気になるのですが・・・

ちょこっとだけ端にある山芋を掘ってみました。

まあまあの大きさだったからちょっと楽しみ♪

ショウガも端っこを見てみました。

1キロぐらいの大きさだったので、ちょっと配って、

500グラムくらい甘酢に漬けました。

端っこだけでこれだけだから去年の倍くらい取れるかも・・・

 

ちょっと楽しみだけれど、これからいろいろと

漬けなきゃいけないので忙しくなる。

ひとつずつ一つずつと思っています。

ぱっぱとできる性格ではないので余計そう思います。

秋ナスからはそろそろ解放されそうです。

 

11月に行くつもりだった二七会。

ちょっと遊ぶ予定が急に入ってしまったので、

国文祭にも行かなきゃならないし・・・ということで、

10月に変更して今日行ってきました。

急に変更したものだから、まず句がね、できてない。

事前投句なんて前の晩に慌てて作ったものだから・・・

 

 

今まで夜だった二七会がお昼に開催されるようになった。

夜はなかなか出にくかったのですが、

お昼ならね、なんて言いながら全然行ってなかったので、

一年ぶりに行ってきました。

おいしいもの食べて、いっぱいしゃべって帰ってきました。

帰りの電車は奈良まで行かなくて王寺止まりだったので、

王寺で10分ほど待ったので時間がかかったけれど、

17時半には帰ってきました。

なんか久しぶりの難波。ちょっと疲れました。

でも今回は迷子にならずにちゃんと治兵衛に着きました。

 

 

帰ってきたら山ほどの渋柿が置いてありました。

さっきまで一所懸命キッチンで柿を剥いていました。

指が痛くなったりしてだんだん嫌になってくる。

そのあと、お湯で二分ほど茹でるのがまた大変。

大きな柿だし数もあるしでそこらじゅう、

びしゃびしゃになってしまった。

一緒に紐までいただいたのでベランダに吊るしておきました。

でも干し柿になった時がとっても楽しみ♪

 

 

 

・もうそこは水でわたしで注意報 静

 

 

 

 

 

 

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秋はどこへいったのか

すこし前、秋らしい日が続いたので、

このまま秋になると思っていた。

それなのに昨日今日の暑さはどうだろう。

 

秋ということで、

主人の希望をいれて秋の京都へ・・・

金閣寺も銀閣寺も知らないっていうから、

それなら行きましょうということになりました。

わたしは昔、大阪に住んでいたころは、

京都にはひとりで何回も行ってました。

女の子の雑誌は京都特集ばかりだったし・・・

いまでは昔とは全然違う京都になっているし、

(地下鉄もなかったし、バスと徒歩でうろうろしてた)

だから今回は初めて行くような気がしています。

どのバスに乗ったらいいかもよくわからないしね。

だからというわけじゃないけれど今回もバスに乗ったのは、

最初の金閣寺へ行く時だけ、あとは歩きました。

京都って広いから金閣寺も銀閣寺もと、

欲張ってはいけないとこれは先輩ぶって言い、

北山エリアを今回は選びました。

 

 

まずは行きたがってる金閣寺(銀閣寺とだいぶ迷ったらしい)。

そしてきぬかけの路を通って、(歩いて30分くらいかな)

エリザベス女王で世界中で有名になった竜安寺。

そこから歩いて15分くらいのところの、

仁和寺(これは通り道だから)

また歩いて15分くらいの妙心寺(わたしの希望)

ここにある狩野探幽の天井画「雲龍図」が見たかった。

そこから山陰本線の花園駅まで歩き、

京都駅に戻るというコースを計画しました。

計画ではまあ歩けるかなって思ったのですが・・・

仁和寺も妙心寺もこんなに大きいとは・・・

妙心寺なんて塔頭だけで46もある。

あとで調べたら30万平方メートルの寺地らしい。

もうへとへとになりました。

万歩計を見ると17,068歩。

自己二番目くらいに歩いたのじゃないかしら。

ちょっと欲張りすぎたのかもしれないわ。

 

家から金閣寺まで2時間くらいかな。

(うまく待たずにバスに乗れたので)

奈良のようには思い立っては行けませんね。

金閣寺道でバスを降りたときから、

もうたくさんの人が歩いていました。

そして暑かった。

七分のTシャツとベストなのに・・・

もしかしたら寒いかもしれないと、

スカーフまで持っていったのに・・・

暑い暑いと言いながらみんなの後についてゆく。

ここにいる人達はみんな金閣寺に行くんだものね(^^)

金閣寺は臨済宗の寺院で正式名は、

足利義満の法名から鹿苑寺といいます。

京都は臨済宗が多いのかな。

いろいろ派がありますが、竜安寺も妙心寺も臨済宗だった。

栄西さんは頑張ったんだ。

 

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                                            金閣寺 舎利殿

                         鏡湖池から

                 天気もいいし本当に鏡になっている。

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 鏡湖池からじゃなくて方丈の方から撮りました。

一層が寝殿造り、二層目が武家造り、三層目が仏殿造り。

二層目と三層目に金箔が貼られています。

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                     金閣寺 方丈

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         陸舟の松

この松は京都三松のひとつ。

舟のかたちをしています。

義満の育てた盆栽だったらしい。

小学生、高校生の修学旅行と一緒だったので、

見るのも大変だったのですが、

ガイドさんの話が聞こえてきてよくわかりました。

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             何気なく撮った一枚ですが金閣寺はこんな感じです。

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   展望所から撮った上から見た金閣寺

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                        竜門滝

              鯉が滝を登る姿を模した鯉魚石が置かれている。

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            金閣寺黒門へ続く道

       国際色豊かな金閣寺でした。

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                                     拝観料を払ったら代わりにお札をもらいました。

                玄関のドアの内側に貼っておくといいそうです。

 

そしてここからきぬかけの路を通って竜安寺へ行きます。

30分くらい歩けばいいらしい。

途中にある権太呂さんでお昼をと思ったけれど休みだった。

高校生のグループも休みの張り紙でがっかりしてた。

そしてまた黙々と歩きます。

途中には堂本印象美術館や立命館大学があります。

たくさんの学生がバス停にあふれていました。

すみませんすみませんと言って通らせてもらいます。

(歩道が狭いところにバス停があるので)

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                        堂本印象美術館

              こんなところでばったりと印象さんと会いました。

            入ってみるかと考えたのですが、ここへ入ると、

              時間が足りなくなるということで今回はパス。

 

お昼も京都だから湯豆腐やおばんざいを、

食べなくたっていいという主人の一声で、

決まってしまいました。

権太呂が開いていれば湯葉そばがいただけたのですが・・・

 

そして竜安寺。

ここもたくさんの人でした。

世界遺産に登録されているし、

もちろん金閣寺も登録されています。

細川勝元によって創建されました。

懐かしい名前にまた出会いました。

応仁の乱はこの人によって起こされたのでしょう。

敵っていうのか相手は山名宗全。

この辺りは絶対テストに出るものね。

 

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                      竜安寺   山門

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  この石段を上がったところが方丈です。

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                       方丈の前庭 石庭

                     方丈の広縁から眺めます。

           この庭は見るものが勝手に解釈をしていいらしい。

        石の配置から「7・5・3の庭」とも「虎の子渡しの庭」とも言われている。

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 反対側からも撮ってみました。

この庭は幅25m 奥行10mの長方形の庭で狭い庭です。

石は大小15個あってどこから見てもすべての石が見えません。

ここで黙考したかったのだけれど、広縁はぎゅうぎゅう詰めです。

修学旅行の子たちとここでもあってしまいました。

そして外国人の多いこと。

広縁に座りながら石の配置とか庭について話している。

案外、私たちより古山水のことよく知っているのかもしれない。

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                           方丈

               この方丈の右手(南)の広縁に石庭はあります。

                  西側からこの画像は撮っています。

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   そして方丈の北側にあるつくばい 

   水戸黄門が寄進したと言われる。 

四方に文字が書いてあり、真ん中の水穴を「口」の字として共用し、

吾唯足知(われ ただたるをしる)と読むらしい。

修学旅行生のガイドさんがそう話していました。

これはレプリカです。実物は非公開らしい。

22                         鏡容池
           この池もさくらとか紅葉が美しく映す鏡池なのだけれど
                今の時期に水連がたくさんたくさんで・・・
                 鏡のようにとは思えなかった。
 
 
そしてまたきぬかけの路を歩いて歩いて、
仁和寺へ到着。
ここは宇多天皇が創建しました。
真言宗御室派の総本山。
皇室出身者が代々門跡を務めたらしい。
門跡寺院として最高の格式の寺だったらしい。
別名は御室御所(おむろごしょ)というらしい。
それなのにあの応仁の乱でほとんどが焼失したらしい。
「方丈記」や「徒然草」にもよく登場するお寺だったのに・・・
 
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                      仁和寺  仁王門
                さすが京都の三大門のひとつ重厚だわ。
 
 
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                    左右に金剛力士像
この門を入ったら、ものすごい広い。
向こうの方に中門が見えているけれど・・・
圧倒されるくらい広い境内です。
 
 
 
 
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          勅使門
 
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                 向こうの方に見えているのが中門
 
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中門から入るとやっと金堂が見えてきました。
 
 
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                          五重塔
 
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           金堂
 
やっとたどり着きました。
金堂から見て右手には御室桜と呼ばれる桜の林があります。
とても背の低い桜です。
この桜は知らなかったけれどとても有名なんだそうです。
この桜が咲いているときは見事なものでしょうね。
関係ないけれどオムロンはこの御室御所からつけられた名前とか・・・
 
 
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                 仁和寺の紅葉はまだこのくらい
                真っ赤に燃えるにはしばらくかかりそうです
 
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     中門から仁王門を望む。
      とても広いでしょう。
 
そしてまた妙心寺へ向かって歩きます。
ちょっと仁和寺の前あたりにある喫茶店で、
ティータイムしましょうかと言ったのだけれど・・・
どんどん歩きます。
嵐電の妙心寺駅を通り過ぎたところに桜が咲いていました。
なんで??
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                     たくさんの桜が咲いてた。
 
そしてやっと妙心寺の北門に着きました。
ここには真田丸の信州松代藩主真田信之の菩提寺もあります。
歩いている途中西田幾多郎さんの墓所も見つけました。
なんしか南門に向かって歩き、法堂の「雲龍図」を探さなきゃ。
 
途中で工事があって道が狭くなっているので、
ちゃんと法堂へ向かっているか心配。
法堂で「雲龍図」は係の者が案内しますのでと言われる。
あと15分で案内できるのでどこでも見学していてくださいと言われる。
上がらせてもらって、また広縁で庭を眺める。
15分後知らぬ間に15人くらい集まっていて、
即席のツアーのようにガイドさんについて回る。
いまから案内する雲龍図も光秀風呂もカメラは禁止ですと、
そして靴は脱いだり履いたりたいへんですが、
よろしくと説明がありました。
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                        妙心寺 法堂            
             ここの天井に狩野探幽筆による雲龍図があります。
 
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「雲龍図」探幽が八年かけて描いたらしい
 
カメラは禁止だけれどいただいたパンフレットから  
A4くらいのパンフレットで皴にならないように持って帰ってきました
通称は八方にらみの龍と言います。
どこからみても龍と目が合います。
 
 
ここにはもう一つ日本最古の鐘「黄鐘調」があります。
昭和40年ごろまでは妙心寺の鐘楼に吊るされていたけれど、
いまは法堂に安置されています。
もちろん国宝です。
文武天皇のころ作られたらしい。
なんかつながっていますね。
うつくしい音色も聴かせてもらいました。(もちろんCDです)
 
そして最後は明智風呂。
明智光秀のおじさんが(僧侶だった人だけど名前忘れた)
光秀の菩提を弔うためにつくったらしい。
お風呂と言っても今のサウナのような感じだったそうです。
説明で昔のお風呂の仕組みがよくわかります。
まあ人が一生懸命水を運んだり沸かしたりするのですが・・・
大きなお釜がふたつありました。
ちゃんと板敷ですが流し場もありました。
(お湯が流れるように傾いています)
中は三段になっていて扉の開閉で温度調節をしたらしい。
着替える場所もあってここに布を敷いて着物などを置いたらしい。
そこからその布を風呂敷と呼ぶようになったらしい。
 
 
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                         明智風呂
               入口にはただ浴室と書いてありました。
 
この浴室を出るころにはぽつぽつと雨が降ってきました。
そんなにたいした雨じゃないけれど、今日はここまでにしました。
この妙心寺は広くてまだまだ見るところはいっぱいありそうです。
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         妙心寺 南門
 
ここから花園駅まで歩き、山陰本線に乗り京都駅へ。
みやこ路快速との乗り換えがうまくいったので、
休憩はなしにしてスタンドでベリージュースを飲んだだけ。
もうちょっとゆったりとした観光ができたらよかったけれど・・・
まあ久しぶりだから仕方ないでしょう。
またいつかもうちょっとましな計画をします。
 
 

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ずっとみずうみと思っていました。

浅利猪一郎さんとこの川柳「湖」。

玲ちゃんに「うみ」だよって言われて、

あらら・・・です。

そういえばくんじろうさんとこの「空」も、

「そら」と読んでいてかがりさんに、

「くう」って訂正された。

訓読みする癖があるのかもしれない。

訓読みの方が好きなのかもしれない。

単純だからそのまま読んでしまうのだろう。

 

 

その「湖」から発表誌と賞品が送られてきた。

大きな段ボール箱に山菜と書いてあったので、

こんなにたくさんの山菜?びっくりした。

開けてみると分厚い「生シイタケ」。

お米5キロ。大きな栗の渋皮煮。

ハチミツとジャムとフルーツ酢の詰め合わせ。

かりんとうなどいっぱい入ってた。

山菜って生シイタケでした♪

でもでもお米5キロだけでもとても満足なのに・・・

なんか本当にこんなにもらっても、

いいのかって思ってしまいました。

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                   ね なんかすごいでしょう。

                最優秀句じゃなくて、優秀句六席なのに・・・

 

 

明日からさっそくこの幻のお米をいただこうと思います。

かりんとうはもう今日のティータイムにいただきました♪

 

 

 

ノーベル賞をもらったことで、

いまあちこちで流れているボブ・ディランの、

「風に吹かれて」なんだけれど、

どこでどう記憶したのかわからないのだけれど、

どうでもいいことなんだけれど・・・

とても気になるの。

わたしの中ではこんな歌詞だった。

和訳しているんだからいろんな訳があって、

いいんだけれど・・・

 

どれだけ歩いたら大人になるの?

お聞き坊や お空を吹く風が知っているだけさ

どれだけ海が燃えたら戦いは終わるの?

お聞き坊や お空を吹く風が知ってるだけさ

 

なんか小さな男の子と父親が話しているイメージだった。

こんな歌詞はどこから記憶したのだろう。

誰が歌っていたのだろう。

ジョーン・バエスだって「いいかい坊や」って歌ってるし、

「お聞き坊や」なんてどこから記憶したのだろう。

もしかしたら「いいかい坊や」を「お聞き坊や」と、

聴き間違った?? まさかね・・・

 

・さるすべり白色ならば愛せます

・こんにゃくにしゃんとしなさい言われても

・品格と真夏日に書くなんどでも

・流し続けるいつか蛍になる日まで

・八月はどこもかしこも枇杷の種

・おとうとはすっかり霧になりました

・木のベンチひとりの時間積んでゆく

・傷まないようにゆっくり揺れている

 

 

 

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秋の一日

久しぶりのすがすがしい秋の日だったので、

どこかへドライブしようかということになり、

明日香に行ってきました。

明日香村は明日香と書くけれど、

駅名も飛鳥寺も飛鳥資料館も飛鳥。

わたしも飛鳥の方が好きです。

 

 

明日香までは京奈和道ができたから、

一時間ほどで行けます。

だから思い立ったらすぐに行ける。

キトラ古墳壁画体験館がオープンしたし、

久しぶりにキトラ古墳へ行ってみようかと

いうことになりました。

 

まずは明日香と言えば石舞台なので石舞台。

ここはいつも観光シーズンは駐車場が、

いっぱいで入れないことが多い。

今回はここにある農業レストラン「夢市茶屋」で、

早めのランチをしました。

駐車場もあるしね。

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                        石舞台

                    7世紀前半の方墳。

                  蘇我馬子の墓と言われてる。

                 いつもの通り悠然と鎮座していました。

               今回は中に入らず展望台?から撮りました。

 

明日香村や甘樫丘や畝傍山を眺めようと、

祝戸地区の西展望台へ向かいました。

関係者以外の車は通行止めと書いてあったので、

草を刈っているおじさんに聞きますと、

いまは展望台に登っても木々が邪魔して、

ほとんど見えないよって言われたのであきらめる。

 

 

祝戸地区からキトラ古墳へ行く道は、

明日香村っていう感じの匂いっていうか、

空気っていうかそんな道でした。

 

 

キトラ古墳壁画体験館「四神の館」あたりは、

人と車でいっぱい。

係の人が無理無理と手で合図するので、

あきらめてキトラ古墳へと向かう。

オープンしたばかりだから、

たくさんの人が来るのがわかってましたけど・・・

平日なのに、こんなにたくさんの、

古代史ファンがいるんだ。

いま古墳ブームらしいです。

古墳の形したクッションとかお菓子とか、

古墳グッズが売れているらしい。

 

 

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        キトラ古墳

    キトラ古墳は二段式の円墳です 。

        壁画古墳です。

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                   ちょっと遠くから撮った

                  この画像の方がよくわかります。

               二段になっています。なんか傍で見ると、

                  帽子みたいでかわいいです。

 

 

キトラ古墳は古墳時代の終わりごろに作られました。

7世紀末から8世紀初め頃です。

直径が上段が9mくらい下段が14mくらい、

高さが4mくらいあります。

 

そしてキトラより先に発見された高松塚古墳へ。

ここも大陸風の壁画古墳です。

頼りないナビに導かれて、

田んぼの畔のような道を走って駐車場へ。

こんなところに駐車場があるのかと疑いました。

けれどあった。普通こんなとこ気がつかないわ。

小さな駐車場で3台ぐらいしか止められないようなところでした。

でも空いていて一台しか止まってなかった。

みんな四神の館へ行ったのと違う?

 

いまは修学旅行生が大勢あちこち自転車で走っています。

6人くらいの男女のグループで周っているみたい。

すぐリーダーがだれかわかります。

時間に制限があるからてきぱきと回らなきゃね。

いつも同じグループの子たちと会います。

向こうもまた会ったと思っているかも・・・

 

 

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                        高松塚古墳

                 キトラ古墳とおんなじ二段式の円墳

 

 

キトラより大きくて直径が上段18mくらい、

下段が23mくらい 高さ5mあります。

隣に高松塚壁画館があって、

模写だけれど飛鳥美人と言われる「女子群像」や、

「白虎」「青龍」など四神図が見られます。

 

 

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 高松塚あたりのこの辺も飛鳥らしい風景。

 

 

村人がショウガの貯蔵しようとして穴を掘った時、

四角い切り石が見つかったことが、

高松塚古墳の発見の発端です。

極彩色の壁画があったということに、

日本中大騒ぎになりました。

そういえば記念切手とか写真集とか家にもありました。

 

高松塚がわいわいと騒がれているころ、

付近の住民から近くにも似たような古墳があるといわれて、

キトラ古墳の発掘調査につながったらしい。

高松塚古墳があってのキトラ古墳ということかな。

 

そして古墳とは関係ないけれど、

文武天皇陵へと行きます。

高松塚古墳の近くにあるので足を延ばしました。

 

 

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                       文武天皇陵

 

 

文武天皇ってちょっと影が薄いのだけれど、

草壁皇子の長男です。

天武天皇が崩御した後、

后の鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ)が

即位しないまま称制します。

息子の草壁皇子を次の天皇にしたいのだけれど、

亡姉大田皇女の息子、大津皇子の方が人望も才能もあった。

姉妹で天武天皇に嫁いでいます。

姉妹の父は天智天皇です。(これだけでもびっくりしてしまう)

それで大津皇子を謀反を企てたとして捕まえて、

翌日には絞首刑にしてしまいます。

天武天皇が崩御して間もなくのことです。

大津皇子のことはバタバタと終わらせてしまいます。

姉の大伯皇女が歌を詠んでいます。

万葉集に載っています。

・うつそみの人にある我れや明日からは二上山を弟背と我が見む

この歌で大津皇子の墓が二上山にあるとわかりました。

 

そこまでして天皇にしたかった草壁皇子なのに、

天皇になる前に28歳で夭逝してしまいます。

孫の軽皇子(文武天皇)が大きくなるまで、

つなぎとして鵜野讃良皇女は即位します。(持統天皇)

なぜかこの家系は短命なのか文武天皇も25歳の若さで崩御。

次は草壁皇子の后、文武天皇の母が即位し元明天皇。

つぎに姉が即位し元正天皇。

そして文武天皇の息子、聖武天皇へと続きます。

この辺のことは高校の時の古典の先生から、

また永井路子さんからたくさんたくさん、

教えられたので今でもよく覚えています。

古典の先生と一緒で持統天皇が嫌いだった。

文武天皇もなぜ宮子だったのかと、

今でも思いますが・・・

まあ勝手な私なりの言い分ですが・・・

 

 

 

そしてあすか夢販売所まで戻り車を止めて、

猿石を見に行きます。

10月というのに歩いているとやはり暑くて、

上着を脱いで少し迷いながら吉備姫王墓へ。

 

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                        吉備姫王墓

ちょっと間違っていたんだけど、

吉備姫王の墓っていうから元明天皇と草壁皇子の

娘の吉備内親王の墓かと思っちゃった。

吉備内親王は長屋王に嫁いでいます。

祖父母も母も姉も弟もみんな天皇っていう超エリート。

でも悲劇の内親王です。

この吉備姫王墓はその吉備内親王とは全然違いました。

皇極天皇と孝徳天皇の母だった人らしい。

吉備内親王の墓は平群(へぐり)に長屋王とともにありました。

また見に行こうと思います。

 

 

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           猿石

吉備姫王墓の中に猿石が4体ありました。

近くの水田から掘り出されたものらしい。

4体ともにいろんな顔をしています。

 

ついでにっていったらなんだけど欽明天皇陵。

欽明天皇って推古天皇の父だったかな。

ちょっとこの辺になると怪しいです。

 

 

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                        欽明天皇陵

                       前方後円墳です。

                さすが大きくてお堀もちゃんとありました。

 

そしてあすか夢販売所へ戻って、

飛鳥の野菜などを見て回る。

山芋とか、オクラとか、ブドウとか、柿とか、

みんな育てた人の名前が書いてありました。

たくさんある大きなカボチャはみんな予約済みでした。

ハロウィンってもうクリスマス並みに浸透したってこと??

あすかルビーのソフトを食べていると、

ここから近いから岩屋山古墳まで行ってみようという。

歩く会で一度行ったことがあるらしい。

この岩屋山古墳はすごいらしい。

何がすごいって石室が開口しており中に自由に入れるらしい。

なかなか中に入れる石室なんてないよって言われる。

 

 

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          岩屋山古墳

    てっぺんに一本だけ木があります。

 

 

近くに牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)もあるし、

鑵子塚古墳(かんすづかこふん)もあるし、

この辺は終末期古墳が集中しています。

でも今回は牽牛子塚・鑵子塚古墳は、

パスして岩屋山古墳だけ見ることになりました。

 

 

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                     天井なんて一枚岩

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  精巧にカットされた巨大な花崗岩

    ほんとうつくしい石室でした。

 

 

側壁は二段積みで上に二枚、下に三枚の切り石。

奥は上下一枚の切り石。

そして側壁、奥ともに上部の石が、

内側へ傾いた構造です。

幅は2.7m 長さ4.9m 高さ3mの石室です。

この巨大な花崗岩が隙間なく積まれているのです。

ほれぼれするくらいの石室です。

 

 

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             自由にどうぞということで墳丘にも登ってみました。

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       ちょっとアップしました。

あそこに見えているのが吉備姫王墓。

猿石のある所です。

 

そしてもう帰るだけだからと、

またまた亀石を見に行きました。

もう何回見たんだと言われそうですが・・・

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                           亀石

                    いつものようにおだやかに

                 笑っているようにも眠っているように も

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  今回は後ろにも回ってみました。

  亀石にもちゃんとお尻がありました。

 いつもはいっぱいで回って見られなかった。

 

そして帰り道に、いまにしの和菓子屋さんによって、

みたらし団子で休憩。

あったかいほうじ茶がおいしかった。

お土産に焼き餅を買って帰りました。

 

また雷の丘を通って藤原京、耳成山を見ながら、

16時過ぎに帰ってきました。

主人は畑へ。私はスーパーへと急ぎました。

もう17時を過ぎると暗くなるからね。

 

この飛鳥のことを書くのは二度目です。

一度岩屋山古墳まで書いたのに、

なぜか消えてしまいました。

いったい何だったのかいまもわかりません。

パソコンって便利だけれど不便です。

 

・そうだけどしあわせなのよ金魚鉢 静

 

 

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